檸檬物語
恋のはじまりはレモンの香り
Olivie&Clavis Prologue Scene


written by
思 惟さま/ディラックハウス

 

それは爽やかな秋風の吹くとある日の事。

女王宮殿の中庭に続く狭い回廊でワタシは向こうから来たクラヴィスとすれ違った。

その時、風が吹いてクラヴィスの衣装の袖がワタシの腕を掠めた。

「……失礼」

とクラヴィスはとーっても小さい声で言った。

(し、しつれいだってぇぇぇぇぇぇ!!!)

 ワタシがビックリして振り返った時には、クラヴィスはもう先に進んでたから何も言えなかったけど、ほんの少し袖掠ったくらいで、あのクラヴィスが「失礼」だなんて礼儀正しく言うなんて、なんかオカシイ……。

 それからランチルームでの事……。

 朝と晩の食事はそれぞれの館で食べるんだけど、お昼は執務室に隣接するランチルームで戴く事になってて、そのシステムは結構、気に入ってるんだ。このランチルームは守護聖だけではなくて、ある程度キャリアのある女王宮殿の女官や王立研究院のメンバーも使えるので、誰かを誘って一緒に食べるのもいいし、勇気ある女官が、ちょっとウルウルしながら「オリヴィエ様、ランチご一緒してもいいですか」なんて声をかけてくれたりするのって楽しいしねー。

 でも、ランチルームとは言え、学食や社員食堂みたく入り口で食券買わなきゃなんないってワケじゃないよ〜。ちょっとしたレストランって感じで、ちゃんとテーブルまで案内されて席について、その日のメニューの中から好きなのを選ぶワケ。

 ふと見ると窓際で、外を眺めつつ食べてるクラヴィスがいた。クラヴィスは大抵、混んでるのが嫌みたいで、皆と時間をずらしてランチルームへ行くみたいだけど、今日は午後一番で会議があるから、渋々こんなまともな時間にランチルームにいるんだね……。相変わらずサボリが多いみたいだけど、アンジェリークが新女王になってからは会議の時だけはちゃんと出席してるねー。食事が済んでランチルームを出ようとしたら、ドアのところでちょうどクラヴィスと鉢合わせしてしまった。

「あ、ゴメン〜」

と半歩、クラヴィスの後にいたワタシは身を引いた。だけどっ!クラヴィスはドアを開けたまま、無言で立ち止まっていた。クラヴィスの掌が上向いてドアの外を示してる……。

あらら〜?


(ど、どう考えても、お先にどうぞ……って事だよ……ね)「アリガト、お先に」とワタシは焦りつつ言った。クラヴィスは無言で微かに頷く。やっばりオカシイよ、今までのクラヴィスなら、廊下で肩がぶつかってもギロッと睨むだけだし、ドアを誰かの為に開けて待つなんて事はしなかったよ〜。ま、怪我人とか病人とかジジババやお子さま、妊婦にレディというんならいざ知らず。少なくとも守護聖に関してはね……。う〜ん、やっぱし何かヘン。

 さて、午後からの会議も終わり、会議室から執務室に戻る途中のホールで、ギャーギャー騒いでるゼフェルたちがいたので、驚かしてやろうと思ってワタシは背後からソ〜ッと忍び寄った。三人は何やら夢中で喋っている。

「なっ、なっ、ホントに十二時にランチルームに来ただろう」

「でもそれって偶然じゃないの?」

「いやクラヴィス様はいつも一時過ぎにランチルームに行かれるみたいだよ」

(なんだろう? クラヴィスの事?)

ワタシは観葉植物の茂った葉陰に身を隠して、話の続きを聞いた。

「まさか、オリヴィエ様が実は女だって話も信じちゃってたらどうするの〜」

マルセルが困ったように(でも顔は笑ってるね!)言ったので、ワタシは思わず葉陰から飛び出した。

「ちょっちお待ち! 今の発言、どーゆー事か説明してもらおうじゃない」

「げ! で、でたー」

逃げようとするゼフェルの襟首をワタシは掴んで引っ張った。

ゼフェルはワタシの手を振りほどくと開き直って話出した。

「今朝よー、執務時間少し前に、集いの間で、だべってたらよ、珍しくクラヴィスが新聞なんか読んでやがったんだけどよー」

「それで……あのう、俺たち、おはようございますって挨拶したんだけど返事がなかったんで、寝てるんじゃないか……って事になって」

「ねーねー知ってるぅ? 今日はランチルーム改装工事があるから一時から閉鎖なんだってー、今日は早く行かないとねー、って世間話のフリしてクラヴィス様が僕たちの話を聞いてるかどうか試したんです」

三人は順々にそういうと、ゼフェル以外は、俯いた。

「でよ、面白いんで、今日のランチの肉は象らしいとか、ルヴァは館の裏庭でキリン飼ってるとか」

「適当に話してたら俺たちエスカレートしてしまって……」

「つい、実はオリヴィエ様が女だって言っちゃったんです〜」

「そそ、いくら隠しても、話し方やお化粧だけは隠し切れなかったってな〜」

「でもこの事は秘密で偶然、ゼフェルがオリヴィエ様のデータファイルのプロテクトが掛かってる部分を外して見つけた……って事で……」

おバカな三人組を白い目で見つつ、ワタシはキッパリ言ってやった。

「ランチルームの改装のことはともかく、後の事は、いくらクラヴィスでも信じるワケないでしょっ。お休みの日なんかワタシ、露出度もっと高っかーいシャツ着てるんだし、ワタシが男だってバレバレぢゃないの、バカだねぇ〜ったく。さ、幼稚な事ばっかしてんじゃないよ〜解散、解散、執務室に戻りな〜」

ワタシは三人をホールから追い払うと、空いたソファにドッカリと座り込んだ。

(さぁて……と。そんなバカな話をクラヴィスってば信じちゃったのかねぇ。今朝からのあの態度はどう考えても、彼なりの精一杯のレディファーストって感じだよねぇ?大体、休日のワタシの着てるものなんて感心ないから露出度高かろうが低かろうが記憶にございません……だろうし、第一、休日にクラヴィスと会うことなんか滅多にないし)

ワタシは、二.三分、悩んで答えを出した。

「ま、いいか。親切にして貰うのって気分いいしー。嘘ついたのは、あの三人であってワタシではなーい」

ま、いいか。


◆NEXT◆