シカトを決め込んだワタシだったけど、あっけなく良心の呵責に耐えられなくなっちゃった。翌日、マルセルの果樹園から貰ったレモン(無農薬で音楽を聴かせて育てた、超〜テマヒマかかったお嬢サマなレモン〜)を運んでいると、通りかかったクラヴィスが「持ってやろうか」とボソッと言った。
「いいよ」 と言ったものの、つい欲張って二カゴも貰っちゃって重かったから、結局一カゴを渡しちゃった。
「クラヴィス……あのね……アタシの事だけど」
歩きながらワタシはクラヴィスに言った。
「ゼフェルたちが何か言ってた?」
クラヴィスは何も言わない。ちょっと困ったような顔をしたかも。
「別に何も……」
とクラヴィスは呟いた。
「そう、ならいいよ。あ、そだ、ちょっと庭園のカフェでお茶でも飲まない? レモン持って貰ったお礼に奢るよ」
クラヴィスはちょっと戸惑ったみたいだったけど、ワタシは無視して先に庭園の方に入って行った。
「外でお茶するのって気持ちいいよね、クラヴィスが聖地に来た頃にもこんなカフェがあっの?」
「いや……なかった。この庭園ももっと鬱蒼とした感じだった。私やジュリアスのような子どもが守護聖になったのは初めてだったらしい。私たちのために、この庭園が新たに作られたと聞いたが」
ワタシはもっと何かクラヴィスに話させることはないかと考えた。ワタシに限らず聖地にいるものはクラヴィスの声をそんなに聞いたことがないんじやないかな、と思う。いつも必要最小限の事しか言わないし、必要な事でも側にいる誰かが答えてくれそうなら、ダンマリを決め込んじゃうから。だから、こんな風に二人きりでお茶していて、クラヴィスが話をせざるを得ない状況ってのは珍しいワケ。側で聞いてみるとクラヴィスの声っていうのは、結構優しい声だった。ジュリアスなんかは、声さえも正当派な美声なんだけど、クラヴィスのは、もっと隙のある油断してるとホラヒレホレ〜って崩れそうになるくらいの柔らかな声が出たりすることにワタシは気づいた。
クラヴィスは、側にあったお茶にようやく手をつけた。そして添えてあった小さな砂糖菓子をつまみ上げて、口の中に放り込んだ。
(へぇ……食べたよ、コンペイトウを……) クラヴィスとコンペイトウは笑えるほど不釣り合いだけど、こうして黒くてデカいクラヴィスが、ピンク色の砂糖菓子を不自由そうにつまみ上げて口に運ぶサマは、グッとそそるものがある。クラヴィスの口元が微かに動き、舌先でその菓子を溶かしているのが判る。ふと、クラヴィスの目がほんの少し細くなった。その甘さに満足したように。「それとカフェを作らせたのはカティスだ」
「へぇ〜、そりゃ知らなかったよ。ふふ。カフェテラスを作ったのはカティスかぁ。あの人らしいね。好きだったな、あの人……」
ワタシは別に深い意味なくそう言ったんだけど、クラヴィスはワタシから目を逸らして消えそうな声で呟いた。
「女の身では別れは、いっそう辛いものだろうな」
(そうなのよ……女の身で別れは辛かったわって……ち、違うよーッ)
「クラヴィス! あのね、やっぱし誤解してるね、まんまとゼフェルたちに騙されてるよ」
ワタシは思わず叫んだ。クラヴィスの優しげだった瞳がキュュュッと座っていくような気がする、コ、コワイッ。ワタシはシドロモドロになりつつ、ゼフェルたちの事を説明した。
「ごめん、まさか本当に信じてるとは思わなくて。ただここんとこ、なんかワタシに親切かな? とは思ってたんだど」
ワタシの説明が終わるやいなやクラヴィスはぬぅぅぅぅぅっと無言で立ち上がった。
「あ、ちょっとっ、ちょっと待ってよ、レモンの籠、持ってくれるんだろ?」
クラヴィスは、手ぶらでスタスタと庭園の出口に向かう。ワタシは籠を両手に持つとフーフー言いつつクラヴィスを追った。
「アンタねっ、女だったら親切にしても男には冷たいワケ? オスカーじゃないんだからねっ、そりゃ嘘をついたあの子たちもすぐに誤解を解かなかったワタシも悪いけど、間違うアンタもアンタだと思うよ。重いモンは男でも重いんだからねーっ」
ワタシはクラヴィスの背中に怒鳴ってやった。振り向きもせず歩いていたクラヴィスがいきなり止まる。
(なっなんだよ〜やるのっ)
思わず身構えるワタシ。
「貸せ」
クラヴィスはそう言うと、ワタシの手から籠をひとつ、ふんだくった。
「行くぞっ」
今度は、ワタシの館の方に歩いてく。こんな早足のクラヴィスなんか見たことない。よけい不気味でコワイよ〜。
「クラヴィス……ごめん、親切にしてくれてありがと。ワタシが女だったらそれなりにお礼しちゃうんだけど、そういうワケにもいかないしね。レディファーストしてくれないでいいからさ、これからも時々、ランチやカフェ、一緒しよう〜。ねー」
「断る」
クラヴィスは振り向かずにこう言った。でも、その声は怒っている声じゃなく、溜息混じりだったのでワタシは一安心した。
「ね、ね。ワタシが女だと思ってた時、口説きたいと思った? やっぱし下心あって親切にしてくれてた?」
ワタシはついおチャラケてクラヴィスの背中に問い掛けた。とたんレモンひとつが飛んできて、アタシの頭を直撃した。
「あたたたたた〜し、シドイ〜」 クラヴィスは振り返り、思いっきり細い目をしてワタシを睨み付けた。
「もう言いませんでばさ〜」
それから……ワタシたちは館の前まで無言で歩いた。
「ありがとう、クラヴィス助かったよ」
「お前の荷物など持ってやるのはこれきりだ」
クラヴィスはそう言うと、レモンの籠をワタシに押しつけてクルリと向きを変えて帰ろうとした。でも二、三歩歩き出したかと思うと、またチラッと振り返った。
「?」
「では……あのルヴァの館の裏庭にキリンがいるというのも嘘か?」
「う゛……嘘だよ」
ワタシが答えるとクラヴィスはガックリと肩を落とした。
「キリンは……嘘か……残念だ」
悲しそうにクラヴィスはトボトボと帰って行った。
(何なの? ワタシが女じゃなかったことよか、キリンの方がショックなワケ? ムカーッ。大体、何だよ、女なら親切にして男だと冷たいってのが気に入らないね。そんなの差別だよ。あの男に、たとえ男が相手でも場合によってはレディファーストの対象になっちゃうこともあるって事を教えてあげるよッ)んふふふふふ〜。
ん〜まぁ、こういう経緯(いきさつ)でさ、クラヴィスとの親密度がグンとアップしちゃったワケ。でもね、レディファーストしてもらうつもりが、途中でどう間違っちゃったのか、ワタシの方が、クラヴィスにレディファーストしちゃうような事になっちゃったのは誤算だったけどね…………。
◆おしまい◆
初出■1998.10「Olivie!Olivie!」(『ふくらすずめ屋』発行)
●このお話は、98年に『Olivie!Olivie!』という本を出した時に、思惟様にゲストをお願いして書いていただいたものです。オリヴィエとクラヴィスがなんとなく仲良し〜なお話がいいなー …などと、お忙しいところ、わがままもうしましたです。あまりにクラヴィスが可愛い(^^;;)ので、本には、2色刷りで掲載させていただきました。
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