虹 の 石

written by まあ 様


「永遠なんて言葉は無いんだよ、オリヴィエ…。長い年月を美しい姿そのままで在るはずの、この宝石も何時かは割れてしまう。だから、美しいんだよ」
「こわれてしまう…無くなってしまうから、美しいってこと?」
「そう、このオパールだって内側には無数の傷を抱えていて、いつ割れてもおかしくないんだ、なのに美しいだろう? 内包された傷がプリズムとなってオパール独特の輝きを作っているんだよ」



カチリとかパキンとか、そういう音がした訳では無かった。

指輪を選んでいたオリヴィエは、はっとすると、宝石箱の一番下をそっと引き開けた。 そこには8カラット程のオパールが、三日月と楕円に割れていた。
「そっか…もう、そんなに時間がたっちゃったのか」
二つに割れたそれを、オリヴィエはいとおしそうに撫でる。
そのオパールは、彼が前任の夢の守護聖から譲られた石だった。

緑の守護聖カティス、地の守護聖ルヴァ、夢の守護聖エロール。彼らは同期とまでは言わないまでも、かなり近い年代で守護聖になった者達で仲が良かった。

夢の守護聖エロールはその司る力の特性の為に、在任期間の長かった炎の守護聖、水の守護聖と供に首座とその半身であるところの、闇の守護聖を長く補佐してきた人物だった。

幼い子ども達には『美しい夢』が必要。
当の子ども達がそれを望んでいたかどうかは別にして、エロールはジュリアスとクラヴィスの面倒を良く見た。

そしてその後に守護聖になったルヴァやオスカー、リュミエ−ルも彼にはあれこれと世話を受ける事となる。


「新しい夢の守護聖が生まれたよ」
エロールがカティスに嬉しそうに報告した。
「…エロール…」
それは守護聖の交代を意味する。
カティスは絶句した。

在位期間だけを交代の基準にするならば、風の守護聖や鋼の守護聖がずっと早くていいはずだった。だが、それは一概に言えるものではなく、女王と変わらない年月を守護聖として過ごした者もいれば、ほんの数年で交代した例もあった。

「まるで人の寿命のようだね」
エロールはそう言って笑う。
「随分と辺境の惑星生まれなんだが、そのせいなのか、本当に力が強いんだよ」
「もうかい?」
カティスが驚いて聞いた。
本来守護聖の力は、聖地に呼ばれて引継をしている期間に本格的に目覚める場合が多い。
「ああ、きっといい夢の守護聖になる」
「名前は?」
ルヴァが控えめに聞く。
「オリヴィエ…」

こうして、新しい夢の守護聖は生を受け、聖地の時間にして数カ月後…外界の人間にしてみれば十数年後、オリヴィエは聖地の門をくぐった。


エロールはどちらかと言えば知的な学者肌の男で、地の守護聖ルヴァとは良く歴史書を間に討論している事が多かった。もっとも夢が与える美しさを司るだけの事はあって、大変な美丈夫ではあったが…。
「夢と歴史は似ているよ、どちらも時間と言う真実を内包していて、そのくせ蜃気楼のように掴み所がないだろう?」
実の所、夢はわかっても歴史はとんと興味のないオリヴィエは笑ってごまかす。
「いつか、わかるよ。夢と時間の絆がね」
謎めいた微笑みは、男のオリヴィエすらドキリとするほど艶があった。


引継の数週間、オリヴィエはエロールと聖地のあちこちを訪ね歩いた。
「ここの砂、やけに綺麗だとおもわないかい?」
エロールが森の湖にある滝壷の底を指さして言った。
「うん。ほんっと綺麗。やっぱり聖地だからなのかな?」
「いや、違うよ。わけがあるんだ。おいで」
エロールはそう言うとオリヴィエを滝の上流に連れて行った。
聖地の滝から清流をたどって、馬でかなりの時間揺られて行く。
いい加減帰れないんじゃないかと思うほど、遠くまで来たときエロールはふと馬を止めた。
滅多に人が足を踏みいれないのだろうその場所は、鳥の声と草花の葉ずれの音しかしなかった。「静かないい場所だね」
「ああ」
そう言いながらエロールが身につけていた宝石を一つ、滝へと続くその緩やかな清流に落とした。
「え? 捨てちゃうの? もったいない、どうして?」
「夢の守護聖の継承の儀式みたいなものだね。私も前任の守護聖にそう聞いたよ」
「儀式?」
「ああ、この宝石は時間をかけてあの滝へと流れて行く。その長い時間の間にこの宝石は砕けて小さな砂粒になるだろう」
「あっ!」
滝壷のキラキラ光る砂は元は宝石だったと言うのだろうか?
エロールはゆっくりと微笑む。
「これを君に上げよう。オリヴィエ」
「…オパール?」

永遠なんて言葉は無いんだよ、オリヴィエ…。長い年月を美しい姿そのままで在るはずの、この宝石も何時かは割れてしまう。だから、美しいんだよ」
「こわれてしまう…無くなってしまうから、美しいってこと?」
「そう、このオパールだって内側には無数の傷を抱えていて、いつ割れてもおかしくないんだ、なのに美しいだろう? 内包された傷がプリズムとなってオパール独特の輝きを作っているんだよ」

「…あたしにはまだ良く解らないよ…でも、エロールがくれたものだから大事にする」
「そうだね…いつか、私の言った言葉の意味が解ったら、このオパールも砂に還してやっておくれ」
「…うん」

その数日後、エロールは聖地を後にし、更に聖地の時間での数週間後、彼の所属していた遺跡の発掘団が行方不明になった事をオリヴィエは知らされた。


オリヴィエが森の中の清流の側に佇んでいる。
「エロール、あたしにはまだ夢と歴史の関係なんかわかんないよ。でも、あんたがくれたオパールは割れちゃった…あたしも随分長い時間守護聖をやってるのだけは、確かみたい」

二つに割れた宝石をオリヴィエは高く放り上げる。
そのオパールは、プリズムの放物線を描いて清流に吸い込まれて行った。
「バイ、エロール」


それはついに、前任の守護聖の死を認めようとしなかったオリヴィエの…彼流の、エロールの葬送だった。

**FIN**

 


●6月に骨折で入院していた時に、まあ様がお見舞いに下さったtxtです。すかさずHPへの掲載許可を
もらった私ってば……。(^^;)……ありがとうございました。
オパールは私も大好きな石なので、嬉しかったりしました。

オパールが、「見事なブルーダイヤ4粒」だったら、さらにウケたのにな…(どばき★)でも、ダイヤは
きっと、オパールの様には砕けないわね。
エロールというと、フリンよりもレッドフォード、ですよねえ。くすすすす。
(わからない話してすみません…^^; 古いマンガの話です。)


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